アーサー・C・クラーク氏が亡くなった
昨日、SF作家アーサー・C・クラーク氏が
呼吸不全で亡くなられました。
やっぱり何と言っても
アーサー・C・クラークを一躍有名にしたのは
SF映画「2001年宇宙の旅」なんだろうと思います。
その影響は
宇宙船「ディスカバリー号」の名はスペースシャトルにもついたり
日本の文部科学省が「特選」に指定している唯一のSF映画だったり
リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」は
この映画で有名になりました。
1968年の初公開時は
月面着陸のアポロ計画が一番活気づいていた頃で、
それなりに興味をもって受け入られた筈なんですが・・・
「モノリス」の意味やストーリー説明がまるでない展開に
ついて行けない観客が沢山出てしまい、あまり評価は高く
なかった思い出があります。
ただ
映画公開の後に原作小説が発表され、それでやっと
「2001年宇宙の旅」の本当の良さが知られるように
なったのかな~~~ σ(^^;;
それから映画が何度かリバイバル公開されて
人気が高まっていったように思います。
私は初公開から10年後の1978年にテアトル東京の
シネラマで観ましたが、その時まだ原作を読んでなかった為、
やはり意味不明の印象が強い。
私の本当のアーサー・C・クラークとの出会いは
「幼年期の終わり」かもしれない。
この作品は西洋よりも東洋的なイメージそして
ストーリーの壮大さと霊長類の究極の進化まで
描かれていて、SFと言うより宗教書のような
預言書のような存在感が感じられる。
映画化も何度か考えられているようだが
キリスト教などのイメージの悪魔が
宇宙人の本当の姿だったので
クリア出来ないのかもしれない。
クラークさんは亡くなるまでに確かな
宇宙人の痕跡を知りたかったようだ。
それが果たせなかったのは
何とも心残りだっただろう。
謹んでご冥福をお祈りいたします 合掌
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コメント
川島です。
アーサーCクラーク氏死亡の件、驚きました。
他ならぬクラーク氏のことなので一言。
前に話したかとは思いますが、高校生の時に東京で「世界SF大会・第1回」が東京北の丸公園の子供科学館?で開かれ、私も当選し学生服で参加しました。そして始まる前にトイレに行った時、そこで、ケラーク氏に会った話です。手を洗ってから備え付けのタオルがないか探しているところでした。ハンカチをもって来るのを忘れたんだと思います。または世界大会を行う建物なのでタオルぐらいは備え付けられているはずと思い込んでいたのではと思います。
そんなんで困っているので、「プリーズ」と言って私のハンカチを差し出しました。それに対して、「サンキュー」と笑顔で返してくれたあの表情を私は一生忘れることはないでしょう。と言う思い出を少し自慢げに書いてしまいましたが、耳タコでした?
当時の映画の感想はSF好きの間ではそれはそれは評価の高いものでした。モノリスの意味もSFマガジン等で
読者には説明がありましたし、短編などでも同じような情景がありましたので、神秘的ではありましたがあれが何なのかは理解はされていました。映画のチラシでもあの四角い石は何か?と宣伝文句に使われていた程です。同年「猿の惑星」も封切りでSF映画の当たり年として映画界、SF小説界では大騒ぎだったと記憶しております。
以上、少し異を唱えさせて頂きました。
投稿: 川島 芳廣 | 2008年3月24日 (月) 14時16分
貴重な思い出と
ご意見ありがとうございます<(_ _)>
アーサー・シー・クラークの偉大さを
知ったのは貴君のおかげです、感謝合掌
投稿: アノマロカリス | 2008年3月27日 (木) 10時52分